腰椎椎間板ヘルニアのわたしが保存療法をあきらめて手術に踏み切った本当の理由とは?

腰椎椎間板ヘルニアの闘病記(手術編)です。わたしの実体験を通して、同じ病気で悩んでいる方たちに少しでも参考になればと思って書いています。

以前の記事で、わたしが椎間板ヘルニアの手術をする病院として『岩井整形外科内科病院』を選んだ5つの理由について書きました。

その時の記事はこちら。

患者にとって負担が少ないといわれる、内視鏡による低侵襲のヘルニア手術を手掛ける病院が注目を集める中、なぜ私は岩井整形外科内科病院を選んだのか?その理由をご紹介します。

その記事を読んで頂いた読者の方から、

「そもそも手術をしようと決めた理由は何だったのでしょうか?」

とのご質問を頂きました。

当時のわたしや、この読者の方のように、手術に踏み切るべきかどうか悩んでいる方はきっとたくさんいることでしょう。そこで、当時のわたしが腰椎椎間板ヘルニアの手術に踏み切った理由を記事にしてみました。

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わたしが手術を一年半敬遠してきた3つの理由

わたしが最初に椎間板ヘルニアと診断され、長くつらい療養生活に入ってから手術をするまでには、およそ約一年半かかっています。

どうしてすぐに手術をしなかったのか?

それにはこんな理由があったからでした。

  1. そもそも手術が怖くて怖くて仕方なかった・・・
  2. 腰痛治療における常識が変わりつつあることを知ったから
  3. 医師から手術の必要はない、との診断を受けていたから

といった理由が挙げられます。

そもそも手術が怖くて怖くて仕方なかった・・・

40過ぎた大人のオトコが言うことではないかもしれませんが、正直にいいますと、ただただ手術するのが怖くて仕方なかった・・・というのが手術をすぐにしなかった一番の理由です。

幸いにも、これまで大きなケガや入院もしてこなかったわたしにとって、全身麻酔をかけられて手術台の上に横たわり、自分のカラダにメスを入れられることなんて、まったく想像もつきませんでした。

テレビのドラマで手術するシーンは見たことはありますけど、テレビで見るのと、実際に自分が手術を受けるのとでは、もちろん大違いです。

どんな手術にも一定のリスクはあるのはあたりまえで、場合によっては、『死ぬ』ことだってありえるわけです。

もちろん、病状や手術の内容によって、そのリスクは大きく違ってくるでしょうが、もともとの性格からしてマイナス思考の強いわたしにとって、手術は『死』にもつながる恐怖としか捉えられませんでした。

死ぬことはないにしろ、医療の世界に100%はありませんから、手術をして100%治る保障だってどこにもありません。

一般的には、椎間板ヘルニアの患者が手術をするひとつの基準として挙げられるのは、下肢に痺れを伴い、排泄行為に支障をきたしているかどうか、です。

椎間板を飛び出したヘルニアが神経を圧迫し、痺れや痛みだけでなく、排泄機能にも障害をもたらしていたら、これはもうすぐに手術をするべきです。

ですが、そこまでには至ってないわたしとしては、問題先送りじゃないですけど・・・、手術以外の治療方法を選べないか?と考えるのは当然ですよね?

手術に対して、『治るかもしれない可能性』と『死ぬかもしれない恐怖』を天秤にかけた時、『死ぬかもしれない恐怖』が圧倒的に勝っていたことが、手術を一年半ものあいだ避けてきた理由のひとつでした。

腰痛治療における常識が変わりつつあることを知ったから

手術になかなか踏み切れなかった2つめの理由が、NHKスペシャルで観た『腰痛・治療革命(見えてきた痛みのメカニズム)』という番組がきっかけで腰痛治療に対する新しい考え方を知ったからでした。

治療しても効果がなく、一度治ってもぶり返すなど長引く「慢性腰痛」に苦しむ人は1400万人と推定される・・・

今や国民病ともいわれる腰痛ですが、その原因の85%は『原因不明』だと言われていることをあなたは知っていますか?

これだけ医療が進歩しつつある現代でも、腰痛に悩む人が病院で精密検査を受けても、そのほとんどは原因不明だというのですから驚きです。

番組ではそこに注目し、腰痛に対する恐怖や間違った認識を取り払うビデオを見せたり、腰を反らせる簡単な運動を行ってもらうなどすることで、長年原因不明の腰痛に悩んできた人たちから腰痛の痛みを消すことに成功します。

最新の研究によって、腰痛の痛みの原因が『脳』にあることを紹介していたこの番組では、とにかく、これまで病院で行われてきた腰痛の治療方法に対する常識が変わりつつあることを強く訴えていました。

強い痛みで歩くことさえもままならなかった患者が、手術をすることもなく、運動療法や認知行動療法という新しい治療法によって改善していく様子を見たとき、

自分にも同じ奇跡が起きるかも・・・

そう期待せずにはいられませんでした。

怖くて仕方がなかった手術をしないで治す方法があるのなら、それを選ばない理由なんてありませんよね?

だからわたしは外科的な手術をしない、『保存療法』という治療方法をまず選択することに決めたんです。

医師から手術の必要はない、との診断を受けていたから

手術が怖くて仕方ない・・・

そのいっぽうで、

腰痛治療のこれまでの常識は変わりつつあって、手術をしないで治す方法も出てきている・・・

そんな中、とある整形外科でわたしが受けた最初のMRI画像診断での

『手術の必要はないでしょう』

という医師の言葉が決定的だったように思います。

誰しも、自分が望まない結果を、他人には言って欲しくはないものですよね?

都合のいい話ですが、ガンだと明らかにわかっていても、ガンだとは言って欲しくない自分は必ずいるものです。

わたしの場合も、『手術の必要はない』という医師の言葉をどこかで期待して待っていました。

自分の症状は手術をしなくてはならないほど深刻なものではなく、手術は必要ないのだと医師のお墨付きの言葉が欲しかっただけなのかもしれませんね。

そして、まさに自分が望んでいた言葉を医師の口から聞けたわけですから、そこで「手術してください!」なんて言うバカはいませんよね。

MRI画像を見る限りでは、ヘルニアによる神経の圧迫はそれほどひどいようには見えず、排泄障害などの症状も見られなかったことから、その医師は手術をしなければならないほど緊急性のあるものとは判断せず、まずは神経根ブロック注射やリハビリ療法などからはじめてみて、しばらく様子をみてはどうか?というものでした。

「とりあえず手術はしなくても済みそうだ」

と、わたしは心の底からホッとしたのを覚えています。

こうしてわたしは、とにかく手術をしなくて済む理由を見つけて、約一年半ものあいだ保存療法による治療を続けていくことになったんです。

そう、あの時を迎えるまでは・・・。

手術に踏み切ったのは『希望』ではなく『諦めの境地』からでした・・・

なんとか避けたいと思っていた手術を避けることができ、保存療法を選択したわたしでしたが、仕事を休職までして一年半もの長きにわたって治療に専念するも、残念ながら良い結果は得られませんでした。

そして、とうとうあの日がやってきたのです・・・。

その頃のわたしは、歩く時にはまだ杖は手放せませんでしたが、数駅離れたところにあるリハビリ施設に一人で通い、さらにプールでの水中歩行のリハビリをほぼ毎日していました。

腰や足の痛みはあるものの、なんとかだましだましで歩くことはできていたわたしでしたが、ある日テレビで見た、仙腸関節の動きを改善することで腰痛を治すという治療を受けてみたいと思い、都内にあるその病院に足を運んだのでした。

しかし、施術を受けた一週間後くらいに再び強い腰の痛みを発症し、再びほぼ寝たきりの生活になったのです。

仙腸関節の動きを改善するというこの施術が原因だったのかはわかりません。

ただ、改善にはほど遠くとも、リハビリを続けられていたわたしが、ある日突然なんの前ぶれもなく、再び寝たきり生活になったんです。

それでもわたしは、数日安静にしていれば、再び起きられると思っていました。でも、何日経っても症状は変わらず、一週間、二週間と無情に時は過ぎ、ひと月経っても何も変わらないままでした。

このままではいけない・・・。なんとかしなくては。

そう思ったわたしは、また別の治療方法を探し、『トリガーポイント治療』に行き着きました。

そしてトリガーポイント治療を行っている病院に赴き、診察を受けてみると、もはや普通に歩くこともできなくなってしまっていたわたしを診て、その先生はこう言いました。

「うちではたぶん良くならないよ。これはもう手術するレベルだよ。」

と。

診察や問診時にこれまでの治療履歴を話したので、わたしがとにかく手術を避けてきたことは先生もじゅうぶんわかっていたはずですが、その先生は自分のところで推奨しているトリガーポイントという治療方法では良くならないだろうとはっきりと診断されたわけです。

わたしの単なる偏見ですが、医師は自分が信じている治療方法、実践している治療方法に絶対の自信を持っていて、むしろそれ以外の治療方法を否定しがちなように思います。

だから、いろいろ話は聞いてくれても、なんだかんだいって、最終的には自分の病院で行っている治療方法を薦めてくる、とわたしはこの時思っていました。

ですが、その先生ははっきりと、自分のところで治療をしてもよい結果は得られない、と話してくれたわけです。

わたしはその先生に対して、治療方法がないと突き放されたというよりは、いまの症状から客観的に判断し、トリガーポイント治療ではなく、外科的な手術が必要な状態だと正直に話してくれたように感じました。

自分が一番言って欲しくなかった『手術』という言葉だったのですが、これまでとは違って症状があきらかに悪化し、寝たきり状態にあったわたしには、これまで一年半やってきた『保存療法』の限界みたいなものを、さすがにこの時ばかりは感じずにはいられなかったんです。

『手術によって治るかもしれない』という『希望』というよりも、むしろ『もう手術するよりほかない』という、いわば『諦めの境地』から、このときわたしは手術をすることに踏み切ったのでした。

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